飲茶のくにのブー

幸せってなんだを考えすぎずに考える雑記ブログ

氷川きよしのボヘミアンラプソディーを聴きながら、自分らしさについて考える。

ちょっとご無沙汰してしまいました。ブーです。


突然ですが私、氷川きよしに会った事があるんです。いや正確に言うと、ナデナデしてもらった事があるんですよ!えへん。


10年前、デビュー10周年の頃のきよし。

今から10年前になります。
香港のとある場所に「氷川きよしが来る」という情報を聞きつけ、何気にファンだった私は身重だったにもかかわらず、日本から1枚だけ持ってきていたきよしのCD片手に、妊婦かよって勢いですっ飛んで行きました。


実物のきよしは本当にスラリと華奢で、綺麗で、なんというか「はかなさ」がありました。快くCDにサインしていただいた後、図々しくも「安産祈願にお腹を撫でてもらえませんか?」とお願いすると「はい」と言ってお腹を撫でてくれました。きよしは本当に優しかった。(おかげさまで長女は無事に産まれてきました。すごいぜ、きよしパワー!)

当時、ファンは心配していた。

その後、当時のブログにそのことをアップすると、きよしの熱狂的なファンの方からメッセージをいただきました。

「きよしくん香港では元気でしたか?最近元気が無くて心配しています。」

え、元気がない?…確かに言われてみれば、少し陰がある感じはしたけど。

自分の中で、10年じゃまだ生意気だけど、20年でようやく歌手として成人を迎えたような感じがしてきて。

と、最新のインタビューにある事から、デビュー10年目の10年前、きよしが悩んでいた事がわかります。

 みんなが求める「氷川きよし」に徹してきたけど、40歳を過ぎて、人としてもっと表現の幅を広げたいという気持ち。そもそも演歌というのは様式美、つまり、こうあるべきという型がある。日本独特の素晴らしい音楽だけれど、その中に収まらない「自分の性分」というものもあって――。


それから更に10年…男らしさを求められながら、演歌の貴公子のイメージを守り続けていたんだと思うと、心が苦しい。




今年、デビュー20周年でついに。

先日、きよしがクイーンのボヘミアンラプソディーを日本語で熱唱している姿を、たまたまつけたテレビで見ました。

湯川れい子がクイーンに交渉し、湯川れい子自ら日本語の歌詞をつけた、はじめての日本語版ボヘミアンラプソディー。(やるからにはちゃんとオペラの部分もやりなさいよ、と湯川れい子から言われたらしい。あんなのどうやって歌うんだろう…)

きよしのボヘミアンラプソディーはテレビで一部だけ放映されました。名曲だけに日本語で聴くのは最初は違和感があったけど、きよしの今までの人生を考えながら聴いていると歌詞に更なる深みが増すような気がして、鳥肌が立ちました。

語りかけて歌うシャンソンに似たような歌い出しで「ママ…殺しちゃった…」から始まる壮絶な歌詞と、サビの部分で「生まれて来なければよかった」と歌う魂の叫びみたいな歌声が、胸にグサーっときて、何か込み上げるものがありました。なんだろう、もう泣きそうでした。


湯川れい子がコンサートのリハーサルを見にきた際、きよしがこの歌をまだ歌いこなせておらず、あまりの未完成ぶりにどうしよう思った、とインタビューで語っていました。彼女がクイーンに交渉し自ら作詞もした訳だから、やっぱり責任ありますものね。
その時彼女は、きよしに「歌おうと思うな、演じろ。フレディでもきよしでもなく、この曲の主人公になれ」とアドバイスしたそうです。

そして、きよしはコンサートまでに「ボヘミアンラプソディー」をしっかり仕上げ、自分のものにしたんですね。




こうして、自分らしい歌を自分で選び、自分らしく歌う。当たり前のことが、なかなかできなかった。デビューから20年も経ってようやく歌が楽しいと思えるようになったなんて。よく長いこと頑張ったなあと思う。自分を押し殺して、みんなの為に生きて。辛かったろうに。

 今までの苦難も含めて全部をさらけ出し、歌にのせて表現することで、こんな私でもここまで頑張って生きてこられたんだ。そう伝えるのが歌手としての使命。人生の後半は、それを表現していく生き方をしたいなって。「週刊新潮」2019年12月19日号 掲載

フレディがスターで崇められる存在であっても、孤独と戦い、自分のアイデンティティやセクシュアリティで悩んだことを、きよしは誰よりも理解できると思うし、むしろきよしだからフレディの曲を歌いあげる事ができるんじゃないかと思う。洋楽ファンやクイーンファンは気に入らない人がいるようだけど、コピーじゃなくてカバーだから。同じもの求めたらダメよ。


あなたの自分らしさはなんですか?

自分らしく生きるって大変なことだ。私なんて、まずその「自分らしさ」がイマイチわからないのだから。分からなくても、人はそれを探しながら、挑戦しながら、そして周りに感謝しながら、優しさを伝えながら、生きていくものなのかなぁと、きよしの歌を聴きながら思いました。

それにしても、クイーンもいいんだけど、やっぱり夏に盆踊りで老若男女入り乱れて踊るズンドコ節はまた格別ですよね。ズンズンズンズン言ってるうちに、悩んでるのが馬鹿らしくなる。いや、悩めなくなるという方が正しいかもしれない。

きよしの曲は振れ幅が大きいとこがすごいと、つくづく感心する。これからどんな曲を歌うのか、どんな発信をしてくのか楽しみだし、応援したいです。



長々とお付き合いありがとうございます。
よい1週間を!

【グランメゾン東京 ④】いよいよあと2話で終わり。寂しかー


年の瀬ですね。ブーです。

しばらく風邪をこじらせています。風邪からの気管支炎は私のお決まりコースです。おかげで、ヨガニモイケズ、娘達ノ小学校ノ個別懇談会ニモイケズ、クリパニモイケズ、まさに真のデクノボウな状態でした。(賢治風)予定が何一つやれなかった1週間。健康って大事ですね。

さて今晩、ドラマ「グランメゾン東京」第9話が放送され、残すところあと2話となってしまいました。ノロウィルスとか、どこまで災難が起きるんだと言うくらい、大変な回でした…

演出が古くて、演技が古くて、音楽もお決まりの三拍子揃った、私にとってどストライクなドラマ。単純最高!!あと2話で終わっちゃうのが残念です。

グランメゾン東京ってどんな話?

主人公の尾花夏樹はパリに2つ星レストラン店をもつカリスマフレンチシェフ。しかしパリ首脳会議の会食の席で、アレルギー食材混入事件を起こしただけでなく、犯人がレストランにいるのではないかと疑われたことに腹を立て暴力を働き、失踪します。取り残された尾花の店のスタッフ・シェフの京野(沢村一樹)、相沢(及川光博)、平古(玉森裕太)は日本に帰り、それぞれの人生の再スタートをきります。
事件から3年後、フランスでミシュランの3つ星を取るために一流レストランの面接に来た早見倫子(鈴木京香)と尾花が偶然に出会います。夢を失った2人が出会い、その2人が再び夢を叶えるために、東京でレストランを開き3ッ星を目指すストーリー。

口が悪くてぶっきらぼうな性格故に仲間からは誤解されたまま、最初は罵倒されたり、無視されたり、挙句に日本の恥呼ばわりまでされていましたが、料理に対して真正直に向き合う姿は周りの人々の心と誤解を少しずつ溶かし、忘れていた何かを尾花から学んでいきます。そして尾花自身も周りの仲間から沢山の事を学んでいきます。職人気質で、自分しか信じられなかった尾花も仲間を信頼し人間らしく変わっていくんです。これがまたいい。

このドラマでは悪役はとことん悪役で、ライバルの2つ星レストランのgakuのオーナー、江頭はどんな卑怯な手を使ってでもGRAND MAISON TOKYO
(GMT)を陥れようとします。お金を出してGMTのレシピを手に入れたり、悪評をばらまいたり、審査員の票を金で買ったり、スパイを送り込んで大事な時に姿を消して店を困らせたり…まあ、これが、顔も演技も時代劇の悪代官にしか見えないいやらしさ!

しかしgakuのシェフ丹後(尾上菊之助)は変な小細工をせずに正々堂々と勝ちたい、また以前尾花の弟子だった平古も尾花を超えたいと、汚いオーナーのやり方に賛同せずに、ただひたすら真剣に料理に情熱を注ぎます。

平成っ子が「ど根性の昭和人間」に学ぶ

このドラマでは、脇役の成長もしっかり描かれています。天才少女パティシエの松井(吉谷彩子)は「料理は才能が全て。どんなに努力したってダメな人はダメ。」と尾花に言い切りますが、尾花たちの料理への真摯な姿を目の当たりにして、最後には自分の浅はかさを反省し、泣いて謝りGMTに仲間入りします。
また、GMT立ち上げの時に下っ端として雇われた、料理ど素人の芹田(寛一郎)は、尾花がなかなか認めてくれない事に苛立ち、ある日ついにGMTをやめ、gakuに大切なレシピを渡してしまいます。でも尾花の料理に対する姿勢や、自分の甘さや傲慢さに気づき、またGMTに戻ってきます。そして食材を触らせてもらえなかった芹田は、尾花に認められ、鰆(さわら)の仕込みをやらせてもらえるまでに。今時の若い子が、昭和のおじさん・おばさんに感化されて根性出す姿は、何かスポ根ドラマでも観てるような錯覚を起こします。


9話で後輩が来て、先輩面してる芹田くん


善悪はっきり、大人の王道・青春ドラマ。子どもと観ていて心配なし(←これ大事)いよいよあと2話でおしまいです。3つ星とれるかなー…いや、王道だから必ずハッピーエンドなはず!楽しみです。


ではまた。ボナペティ!!
じゃなくて

ボン・ニュイ!!おやすみなさい。




「アナ雪2」女子的視点からどうも気になるあのシーン(ネタバレあり)

こんにちは。ブーです。


皆さん、アナ雪2はもうご覧になりましたか?
私は先週、英語に広東語字幕がついたのを娘2人連れて観てきました。IMAXで大迫力!


映画が終わるとワイワイガヤガヤ。それぞれ感想を言いながら、楽しそうに帰路につくお客さんの姿が。うん。おもしろかったです。いろんな意味で。


私たちの後ろにいた香港人の男の子たちは、エルサが自然の声(クレジットはAURORAというアーティスト名になってる)と掛け合いで歌う曲「イントゥ・ジ・アンノウン」のアーアーアアー!アーアーアアー!を取り憑かれたように叫びながら劇場を後にしていました。


劇場の中でならいいけれど、外に出たらただの変態です。途中で気づけばいいのだけど…と、いらぬ心配はともかく、耳に残るメロディ。また新たなるヒットの予感!



しかしこの「アナ雪2」やたらツッコミどころ満載で、レビューするにも何から手をつけたらいいのかわからないくらい。

観た方の年齢や性別によっても色々な角度から感想があるかと思いますがここでは、女子的に「うん?」と思ったところをいくつか紹介したいと思います。
ここからはネタバレ含みますので、まだの人は見ないでくださいね。


女子的視点から気になるシーンベスト3!

①エルサ、とりあえず化粧落とそうよ

風に乗って聴こえる、どこかで誰かが自分を呼んでいるような歌い声が気になって、寝る前のジェスチャーゲームにも身に入らず、先に寝室に行ってしまうエルサ。エルサを追いかけ、ベッドでエルサを落ちつかせるアナ。アナの横でうとうと眼をつぶるエルサ…待ってエルサ、大変よ!

あなたトレードマークの「パーポー(紫)アイシャドウ」をバッチリ塗ったままじゃないの!

しかも、荒れ狂う海に入っても落ちないくらいだから相当なウォータープルーフとみたわ。
一晩メイクを落とさなかっただけで何年歳取るとか言われてる中で、毎日ばっちりメイクで寝てるであろうエルサの10年・20年後のお肌が心配です。


②とりあえず今じゃないよね、クリストフ

アナにプロポーズするタイミングをずっと見計らってモジモジ・しどろもどろしているクリストフ。

深い霧の森、紅葉が吹き荒れる中エルサとはぐれてしまい、アナと2人きりに(鹿もいたけど)なったクリストフは、アナにプロポーズをしようとするも、空振りに。

おいおいクリストフさんよ…

タイミングが違うんだよタイミングが。アナは今エルサを心配して、それどころじゃないでしょ。一歩譲って、自分のことばかり考えてるところまでは許すとしよう。

でも鹿をバックコーラスに従え、往年のボーイズグループのような曲を歌い、Queenのボヘミアンラプソディーのオマージュ映像…

おーままみやままみやままみやれみごの、本家

自分に酔いしれながら「恋の迷い子」を歌い出すのはどうなのよ。ていうか、なんですかこの邦題…原題は「Lost in the woods」だからね。迷子の要素、どこにもないからね。

クリストフのシーンは公式動画がなかったのにサントラを歌うweezerのパロディ動画が(しかも公式・笑)
https://m.youtube.com/watch?v=QnEWs8D9zu8#

weezerがクリストフになりきって歌う


しかしまあ、もしもアレンデール王国の男子がみんなこんな↑↑感じだったら、エルサにパートナーがいないのも頷けてしまう。エルサが「ぼっち」で可哀想という声もあるらしいけど、横で鹿とコラボしながら歌われるより、よっぽど独りの方がいいと私は思いますよ。


③エルサ…女子は身体冷やしたらあかんで

自分のルーツを求めて吹雪の中1人凍てつく海を渡るエルサ。確かにエルサは雪の女王だから寒さには強いのだろうけど…

その薄〜いオフショルダー・ドレスで海を渡ろうなんて、どうして思うのか不思議。
エルサは全然寒さを感じない設定なのかと思いきやストーリー後半でがっつり凍ってるし…
雪の女王だってやっぱり寒いんじゃない!!おなごは身体を冷やしたらいけないよ。

覚醒した無敵エルサ。綺麗。(ブー画)


以上、女子的視点から気になるシーン3つをご紹介しました。うん、どれもこれも、なんだそりゃですいません(笑)


まとめ :「アナ雪2」は「エルサの覚醒」そしてクリストフのせいで「オラフ影薄」

前作でエルサは「ありのまま」になり、本作で更に「未知なる世界へ」行ってしまいます。アナはクリストフと結婚するのに、エルサは女王から仙人(精霊)みたいな存在になります。エルサが可哀想、という声もあるようだけど、ここまでの人に見合う男性ってなかなか居ないですよね。

でも結婚するだけが女の幸せじゃないんだよっていう、強くて頼もしいものを感じます。カッコいい!



長々お付き合いありがとうございます。
うっかり風邪をこじらせました🤧
おかしいな…エルサみたいに冬の海には入ってないんだけど。



女子のおまもりやさしい黒豆玄米珈琲 ノンカフェイン珈琲


「自己肯定感」が無ければ、今の自分を「肯定」してみよう。

おはようございます。ブーです!


香港は朝からスモッグがかってモヤモヤ。せめてブルーな月曜日くらいスカッと晴れてくれたらいいのになあと思う。でも本当は雲の上は常に晴れてる。

時々雲の隙間から太陽がチラっとでてきて太陽の存在を思い出す。そうだった、太陽はいつもそこにあるんだ。

「You’re absolutely perfect!」


ヨガでは、大抵クラスの前に短い瞑想をする。急ぎ足でスタジオに着き、着替えて滑り込みセーフでマットに飛び乗る場合は特にこの瞑想タイムがありがたい。ゆっくりと呼吸を整えると心拍も、気持ちも落ち着く。呼吸を深めていく事によって、心や身体に新しいものをとりこむスペースができてくる。

ある日のクラス。瞑想中に先生が私たち生徒に向かってこんな事を言った。「あなたは既に全部持ってる。足りないものなんてない。何モノかになろうとしなくていい。あなたはもうそのままで完璧だから。」と。


言葉がグサーっと刺さった。
そして、ぶわあっときた。


私たちは毎日、何かに追われているように生きている。あれをしなくちゃ、これをしなくちゃとスケジュールに追われている。あんな風に成功したい、こんな自分になりたい、自分にはこれが足りない、認められたい…と自分をプッシュする。


でも、先生に言われて気づいた。目標に向かって自分を奮い立たせるのは良いことだけど、今の自分を認めなかったり、ダメだと否定することは違うんだと。

自分はこの複雑な世の中でよく頑張って生きてる。それだけでも十分すごいことだ。もっと自分を褒めてあげるべきなんだと。


「自己肯定感」という言葉がすでにツライ


何モノかになる必要なんてない、今の自分はすでに完璧で素晴らしいんだ。それに気づけたらもう少し楽になるんだけれど…うつになりがちな真面目人間にとってはそれがなかなか難しい。

それを「自己肯定感」って呼ぶんだろうけど、わたしはこの言葉があまり好きではない。

なぜなら私自身うつ病をわずらった時、藁をもつかむ気持ちで自己肯定感関係の本を読んだが、読めば読むほど、幼い時に自己肯定感がつちかわれなかった事が致命的にマズく、今自己肯定感が低い自分が、まるでダメと言われているような気になってしまい、ますます落ち込んだ経験があるからだ。もちろん本には"あなたはダメ"なんて書いてない。でも真面目な人間にはそう読めるのだ。そんな風に感じてる人は、きっと私の他にもいるはずだ。


「自己肯定感」を持ってないとダメなの?


でも自己肯定感が低いからといって嘆くことはない。冒頭のヨガの先生のように「あなたはもう頑張らなくていい。そのままで完璧だよ。」という、気持ちのこもった力強い一言だけでも、自分の頭の中の負のスパイラルから抜け出すことができるからだ。

しかし、自分がつらい時にタイミングよく「あなたは完璧で素晴らしい」と言ってくれる人が果たしているだろうか?…いるわけがない。家族だってなかなか気づかないものだ。励まして欲しいタイミングなんて、自分にしかわからない。だから「自分はこのままで十分素晴らしい。」と自分で自分をその都度その都度、励まし、讃えていけばいいのだ。


自分を肯定する「セルフハグ」のすすめ。


「はあ、もう自分はダメだ」と思った時。自分で自分を両手でギュッと抱きしめたら、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く。深呼吸を繰り返す。自分の肺が息を吸って膨らんで、吐いて小さくなるのを感じよう。そっと、トントンと手で肩を叩いてもいい。
小さい時お母さんがやってくれたように。お父さんでも、きょうだいでも、お婆ちゃんでも。誰かに守られて安心した記憶をたどって。ハグされて安心感を感じない人はいないはず。だって誰でもお母さんのお腹にいた時は、ギュッと守られていたのだから。そして「ダメじゃない、よくやってるよ、えらいよ、大丈夫だよ、ゆっくりいこう…」自分が欲しい言葉をどんどん自分に対して言う。(※ハグがやりにくかったら胸にそっと両手を添えるだけでもOK!)

そうして、安心感や、安堵感を十分味わっていくうちに、なんだか希望が湧いてくる。大丈夫かも、と思えてくる。そう、それが自己肯定感の代わり!

そうして、また、自分の人生をさらに彩る挑戦や目標に向かってまた一歩を踏み出していけばいい。


インスタント「自己肯定感」を繰り返す


いつでも自分は自分の一番の味方。そう考えることができたら、たとえ「自己肯定感」がなくても、先程のセルフハグをすれば「インスタント自己肯定感」を感じていける。常にやり続けていけば、脳に「良い癖」がついて、必要以上に自分を卑下したり悲観することもなくなるかもしれない。結局それが「自己肯定感」を育てることに繋がるのだ。


誰もがそれぞれ持っている唯一無二の良さや無限の可能性が、暗雲立ち込め、全く見えなくなる時もある。でも、どんなに隠れちゃっても、それは常に自分の中にちゃんとある。太陽が雲に覆われていても、雲の上にちゃんと存在するように。


そこに向かって、大丈夫、大丈夫ってね。


ほら、大丈夫だ!



今週もそれぞれの場所で
それぞれのいい毎日を
健やかに過ごしていけたらいいですね。






【シャワーヨガ①】たった3分!「鷲のポーズ」で肩スッキリ!

こんばんは。ブーです。今日もまた香港は寒いですね。今日はちょっとまじめにヨガの事書きますね。

「朝から晩まで、忙しい」本当はそんな人こそ、ヨガをやった方がいいんです。きっと体も心もカチコチなはずだから…

私は産後、ヨガスタジオに通うまとまった時間がありませんでした。スタジオまでの往復やクラスの時間を合わせたら3時間は必要だったので、授乳期はスタジオには行けませんでした。家でヨガをやろうとしても、リビングルームには子どものおもちゃや洗濯物が山積みで、とてもじゃないけどマットを敷く…というかヨガをやる気分にすらなれませんでした。家族が寝静まった朝イチに、マットを広げて太陽礼拝をやろうとしても、ベッドにママがいない事を察知した娘が泣いて起きてきました。また私も「ヨガはスタジオでやるものだ」という変なこだわりがあり、当時は生活の中にヨガを染み込ませることができませんでした。

子どもが2人とも小学校にあがり

いよいよ2019年の4月に下の娘も小学生になり、娘たち2人とも、夕方4時に帰宅するようになって私のスタジオ通いも、下の娘が半日保育だった幼稚園の頃と比べ断然増えました。今まで月に7〜10回くらいスタジオに行ってたのが、この半年間は月20回くらい行けるようになりました。体重も健康的に落ち、身体の中から力が湧いてくるような気持ちになってきました。

それでも、やっぱり毎日通う事は難しい

当たり前ですが…主婦なので、炊事も、掃除も、洗濯も、買い出しも、子どもの宿題やピックアップも毎朝5時起きの弁当作りも…色々あってとにかく忙しい。
それ以外にも、友人とランチを楽しんだり、自分や家族が体調崩して病院に行ったり、ボランティアや懇談会などで学校に行ったり、子どもを習い事に連れて行ったりと、とにかく仙人みたいにヨガだけをやれる状況ではありません。

予定していたのに、体調不良や急な用事でスタジオに行けず、ふと「はあ、今日もヨガに行けなかった」と後悔することもしばしば。スタジオでみっちり1時間先生に指導され、汗をかかなければヨガじゃない、と、まだどこかで思ってたんですね。

ある日、シャワーを浴びながらたまたま…

子どもたちが帰ってきたら、私はママです。自分の事はほとんどできません。喧嘩の仲裁(最近放置だけど)、勉強を教えてー、お腹すいたご飯なにー、からのお風呂の補佐、時間通りに寝るように誘導…はあ、これがまた思うようにいきません。プライベートな時間と言ったら、トイレかシャワーくらいです。

ある日あまりに肩が凝っていたので朝のシャワー中にガルダーサナの腕だけのポーズをして、熱いシャワーを肩甲骨の開いた部分に当てました。するとどうでしょう。シャワーから上がった後の、肩の軽さときたら!マットや道具や時間がなくたってヨガできるんだ…これもヨガだ!って、つい笑ってしまいました。それがシャワーヨガのはじまりです。



【ガルダーサナ・鷲のポーズ】
効果 : 肩甲骨を左右に開き、血流を促す。背中のストレッチにも。

①まず息をゆっくり吸って吐きながら、腕を絡ませます。(どちらの手が上下でも構いません)

②息を吐きながら肩をゆっくり下に落としたら、吸いながら指先を上にあげていきます。

③②の形をキープしたまま指先を前方向に傾けます。(背中を丸めるイメージで)その時肩甲骨周りにシャワーが当たるようにします。おー気持ちいい!

④③の形をキープしたまま、ゆっくり呼吸します。吸う息4秒、吐く息5秒(3:4でもOK。吐く息の方を長く)吸って吐いてで1セットx3

⑤腕をほどいて、さっきと反対に腕を重ねて①〜④

⑥鷹のポーズが終わったら、今度は肩甲骨周りを下の絵のように閉めていきます。手が届かなければタオル(体洗い用手ぬぐい等)を使うといいです。


注意 :
・滑りやすいので、片足立ちの鷲のポーズ(完成形)はやめましょう。下に滑り止めマットを敷くのをお勧めします。
・ポーズ後、下から上に起き上がる時には十分注意してください。急いで顔をあげると立ちくらみする恐れがあります。ゆっくり顔をあげてください。
・お湯の温度に気をつけてください。火傷しないように気をつけてください。


朝シャワーを浴び清める行為は「シャウチャ」です

ヨガの八支則の教えの中にNiyama(すすんで実践すべきこと)がありその中の一つに「シャウチャ(清浄)」があります。清潔で純粋な状態に保つということです。お風呂に入ったり、清潔な衣服を身につけたり、部屋を掃除していつも清潔な状態に保つことは大切です。私のヨガの師匠も朝シャワーを浴びて、ヨガスタジオに来るとおっしゃってました。


是非明日のシャワーの際にガルダーサナを取り入れてみてください。これからも「シャワーヨガ」のポーズを紹介したいと思います。お楽しみに!!


さて、香港は明朝13℃と寒いので、暖かくしてくださいね!


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「ニューヨークにいきたい病」にかかったら聴きたい定番7曲。

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ニューヨークにいきたい

ダメだ、またこの病気になってきた。

寒くなるとニューヨークに行かなければいけない気がしてくる。秋のセントラルパークをトレンチコート着て恋人と腕を組んで、片方の手にはスタバのカプチーノ。向かいから来る犬を「かわいい」とか言いながら、落ち葉をパチパチ踏みながら歩かなきゃいけない気になってくる。

今観てるAppleのOriginal Drama「The Morning Show」がニューヨークを舞台にしているからか?いや、もしくはウィノナライダー主演の昔の映画「Autumn in New York」のせいか?

とにかく昔からよく、突然ニューヨークに行きたくなることがある。なんでそんなに行きたいのかあれこれ要素がありすぎて説明できないけど、なんていうか、街の一部になってみたいのだ。

  • ジャズバンドの演奏にどっぷり浸りたい。(飲みながら)
  • 美術館めぐりをしたい。
  • NY発のJivamukti Yoga でクラスを受けたい。
  • ジョンレノンの最後の場所、ダコタハウスに行って献花したい
  • セントラルパークでトレンチコート着てベンチに座ってコーヒー飲みながら読書したい(茘枝角公園じゃダメ)
  • タイムズスクエアのクリスマスツリーを見てみたい(銅鑼湾のタイムズスクエアじゃダメ)


どれもこれもたいしたことではないのだけど、ニューヨークに夢を叶えるためにやってきた人と一緒の空気を吸ってみたいのかもしれない。
ニューヨーク。いつかは行ってみたいけど、今はちょっと明日の子供たちのお弁当とか、英検の申し込みとかあるからいけないし(うん?)とにかく今すぐは無理なので、ニューヨークにちなんだ音楽を聴きながらこの気持ちをしのいでみようと思う。


「Theme from New York, New York」Frank Sinatra(1977)

とりあえず、ニューヨークといったらフランク・シナトラ。しなちくじゃなくてシナトラ。シナトラといえば「My Way」がお馴染み。こちらの動画は1985年の武道館ライブ。目をつぶって聴いてると加山雄三に聴こえてくる。そして武道館なのに「キヨゥトー!!」って叫んでるのは気のせい?


「Walk on the wild side」Lou Reed(1972)

ルーリードを語ると長くなるので端折るが、アンディーウォーホルにスカウトされてバンドデビューしてソロに。のちにU2などさまざまなアーティストに影響を与える。生き様があまりにロック。声が渋くて唯一無二。ブルックリン出身。


「Englishman in New York」Sting (1984)

私が初めて買ったCDは1970年代後半から1980年代前半に活躍したイギリスのバンド「The Police」の「Ghost in the machine」だった。中2の頃にはバンドは解散したがちょうどその頃、ボーカルのスティングがソロアルバム「Nothing like the Sun」をリリース。そこに収録されているのがこの曲。ニューヨークにいるイギリス人が「自分の英語の訛りでわかるだろう?僕はエイリアンだ、法的に認められたエイリアンだ。」と歌う。笑われようが、バカにされようが、自分を貫け!(Be yourself no matter what they say)という歌詞がぐっと心に響く。この曲からはニューヨークのイメージがよそ者には冷たい感じがする。スティングの書く歌詞は社会を風刺したものが多い。


「New York State of Mind」Billy Joel (1976)

母の勧めで小学生の時に初めて聴いた時には衝撃が走った。なんてカッコいいんだろうって。香港のライブにも行った。ちなみにビリージョエルまだ生きている(こら)
これはだいぶ若かりし頃の映像。都会暮らしに疲れて一度はニューヨークを離れたけど、やっぱり都会にもまれながら生きる感覚が恋しい・・・という「俺って、ふっ・・」な感じの曲。タバコふかしながらピアノ弾き語りかぁ。しぶー。


「New York City」Norah Jones

ノラジョーンズが、インドの伝統楽器シタール奏者「ラヴィ・シャンカール」の娘だと知った時、彼女の音楽センスに合点がいった。声も雰囲気も魅力的。ブルックリン出身。


「(邦)New York City Serenade」Christopher Cross(1981)

これも母が大ファンのクリストファー・クロスの曲。小学校の時こればっかり聴かされていた。カラオケ+和訳入り。


「Empire State of Mind」Alicia Keys

2016年タイムズスクエアでJay-Zとコラボの動画。アリシア姐さんも香港で聴いた。Jay-Z登場で湧き上がる。ところで姐さんたら化粧はどこに置いてきたんだろう… (Vogue online の情報によると2016年にノーメイク宣言をしているらしい。)



聴けば聴くほど、どつぼだ・・・そう、フランクシナトラの歌詞にあるみたいに「I want to be a part of it, New York, New York」なの。ただそこに溶け込んでみたい。いつかいけたらいいな。


お付き合いありがとうございます。
はあ、香港寒い😵




香港土産の定番!Lucullus(龍島)2019 Advent calendar はまだ間に合う!

クリスマスは3割くらいの盛り上がり…

イベント大大大好きな香港人も、クリスマスはこのデモの影響でなんとなく自粛ムード。こないだの中秋節の月餅イベントも、去年までは自分自身が月餅になるんじゃないかくらい(お腹を空かせた子供たちに、自分の頭をちぎってあげるアノ感じね…ほらお食べ。)月餅食べまくったけど、今年はあんまり記憶ない。まあ、美心グループは月餅どころじゃなかったしね。口は災いの元。


街では70%引き!なんてセールをしても人が寄り付かない。偶然セールをみつけても購買意欲がわかない。レストランの予約も全然埋まらないようで、新世紀廣場(MOKO)の北京樓なんて、いつも予約で一杯なのに電話したら「もう…いつ、何時に来てもいいよ…」と自虐気味に言われた。香港経済大打撃中!


私の大好きな九龍塘の又一城(フェスティバルウォーク)のショッピングモールも先日のデモ隊の襲撃で大破し、まだ閉鎖されたまま。モールの中心部、吹き抜けの空間にあった準備中の巨大クリスマスツリー🎄はデモ隊に燃やされて消失した。モールは近々再開する予定と聞いてるけどどうなんだろう。下の娘がツリーの公開、たのしみにしてたのにな。

アガる!ルクルスのアドベントカレンダー

そんな中、1日に知人からいただいたルクルスのチョコレートを開けてみたら、アドベントカレンダーだった。
24日のクリスマスまで、毎日一つ開けると中からチョコやお菓子が出てくる、子供たちわくわくのアイテムだ。


パッケージは香港のバーバービュー。


さて、中を開けると…あら…



香港の名所や名物が、ドアになっています。ちなみに昨日開けたので1〜4日まではこんな感じ。


1日 ペニンシュラホテル(ルクルスのチョコもペニンシュラ系列らしい) x オラフ(←デジャヴ笑)


2日 尖沙咀のアベニュー・オブ・スターズ x トリュフチョコ


3日 香港摩天輪 x ラズベリーが観覧車みたいなチョコ。中にパリパリキャラメル


4日 ピンクドルフィン(絶滅危機!) x ピスタチオチョコクッキー



可愛い…夢中になって開けては食べて。開けては食べて。そうだ、そうだ、香港たくさん良いところあるんだよね。もぐもぐ…なんとなく泣けてくるなあ。一個一個、香港の名所や名物を思い出しながら。危うく5日目を開けそうになってストップ!この勢いで明日にはクリスマスになっちゃうところだった(笑)


良き香港を思い出させてくれるルクルスのアドベントカレンダー。最終日の24日に何が入っているか楽しみ!

まだまだ20日あります。ルクルスはあちこちに店舗があるから(案内が雑・笑)ぜひ自分用、またはデモや何やでお気持ちが沈んでる奥様に買ってあげてくださいませ。喜ばれますよ。


追記
今なら2割引!もう4日過ぎちゃったからね(笑)
あ、ごめんなさいね…いただき物なのに値段見ちって…



ルクルス(龍島) は香港ならではのお店です。
お土産に最適!


http://lucullus.com.hk/big5/default.asp


↓チョコもいいけどこっちもいいね…❤️